白馬岳遭難ガイド書類送検

06年の4人死 亡業過致死疑い

信濃毎日新聞 掲載

平成25年12月21日(土)

スクラップ


 北アルプス白馬岳(標高2932b)で2006年に熊本県と福岡市のツアー客4人が死亡した遭難事故で、県警捜査1課と大町署は20日、業務上過失致死の疑いで、このツアーを企画し引率した福岡県大牟田市の田上和弘・山岳ガイド(56)の書類を地検松本支部に送った。

「天候悪化そこまでとは」供述

 県警によると、山岳遭難をめぐりガイドの刑事責任を問うのは異例。この事故をめぐっては、死亡した遭難者の1遺族が田上ガイドに損害賠償を求め提訴し、昨年12月、福岡高裁の控訴審で6500万円を田上ガイドが支払うことで和解が成立している。

 送検容疑は、田上ガイドは06年10月7日、悪天候となる中、・福岡市内の登山用品専門店を通じて募集したツアー客4人を引率し、富山県の祖母谷温泉を白馬岳山頂近くの白馬山荘に向かって出発。雨から吹雪となる悪天候下、途中で引き返さずに登山を続けた過失により、同山荘近くでツア一客4人を凍死させた疑い。

 田上ガイドは「そこまで天候が悪くなるとは思わなかった」と供述しているという。

 死亡した4人は熊本県大津町の無職小場佐香代子さん(53)、熊本市の無職渡辺和江さん(61)、ともに福岡市で無職の古賀利枝さん(66)と古賀純子さん(61)の姉妹=年齢はいずれも当時。ツアーにはほかに、サブガイドの女性とツアー客の女性計2人がいたがいずれも軽傷だった。田上ガイドにけがはなかった。

 県警は事故発生後まもなく実況見分などを実施。事故発生時の天候状況と変化などを確認するため、複数年にまたがって、同じ時期に実況見分を実施するなどしたため、立件に時間がかかったという。

妻亡くした夫「悔しい」憤り

 長野県警が20日、山岳ガイドを書類送検したのを受け、妻を亡くした熊本県大津町の小場佐正文さん(68)は「妻がいてくれれば良かったと思うことがたくさんある。悔しくてたまらない」と語った。

 亡くなったのは小場佐さんの妻香代子さん=当時(53)。1997年から、小場佐さんの趣味の山登りを一緒にするようになった。香代子さんは「山に咲く花が好きで次第に山に通い詰めるようになり、事の3カ月前にはイタリア」・スイス国境のマッターホルンに登るほど体力がついたという。事故の連絡を受け、長野まで車で駆け付け、遺体と対面した際は「言葉が出なかった」。

 「少しでも天候が悪くなったら山を下りるのが山登りの基本。なぜ引き返さなかったのかと聞きたい」。小場佐さんはガイドの男性に損害賠償を求める訴訟を起こし、一審熊本地裁で勝訴、二審福岡高裁で和解した。

 「民事裁判では謝罪も納得できる説明もなかった。検察は起訴して真実を明らかにしてほしい」と求めた。

 

悪天候.予見可能と判断 県警

 白馬岳付近で2006年10月にツアー客が4人死亡した遭難事故で、引率したガイドの刑事責任が問われることになった。専門家によると、自然相手の登山ガイドの刑事責任が認められた例は国内で少ない。登山ガイドの業界は、あらためて再発防止の徹底を図る機会と捉えてもいる。

 業務上過失致死容疑で書類送検された田上和弘ガイドは、日本アルパイン・ガイド協会(東京)の認定ガイドで、ヒマラヤの世界第2の高峰K2(8611b)の登山経験もあった。同協会によると、「田上ガイドは冬山の研修会などで審査を経て04年ごろにガイドの認定を受けたという。

 県警はこうした経歴がありながら遭難死が起きた点を重要視。登山の専門家の意見を聞く一方、白馬岳周辺の気象状況などを把握するため、複数年にわたり事故と同じ10月に実況見分の登山を実施した。田上ガイドや当時のツアー客を連れて同じ登山ルートをたどった。その結果、捜査関係者によると、この時期の白鳥岳での吹雪は「特別ではない」(捜査幹部)ことが裏付けられたという。

 県警はさらに、事故当時は雨から雪へと天候が変化し、田上ガイドが天候悪化を予見できたと判断。途中、避難小屋にも寄り、そこにとどまったり、引き返したりする判断は可能だったのに、それを怠ったと判断した。

 山岳遭難事故の訴訟に詳しい溝手康史弁護士(広島県)によると、近年、ガイドが引率した遭難事故の民事訴訟は増えている。ただ、刑事事件となると別だという。北海道・羊蹄山でツアー客2人を死亡させたとして旅行会社の添乗員が業務上過失致死罪に問われた裁判では、04年に有罪判決が出た。一方、青森県の八甲田山系で07年にツアー客2人が雪崩で死亡した事故では、ガイドが業務上過失致死傷容疑で書類送検されたが、起訴猶予処分となっている。溝手弁護士は白馬岳の事故について、「吹雪の予見可能性を示さなくてはならず、検察が起訴の判断をするか注目される」とする。

 書類送検を受け、田上ガイドが所属する日本アルパイン・ガイド協会の勝野惇司専務理事は「同じことを繰り返さないようガイドの指導を徹底させていきたい」と話した。北安曇郡白馬村の白馬山案内人組合に所属する登山ガイドの田中要さん(64)は「登り続けたいと思う客の期待に応えたいというガイドの思いもあるが、プロとして命を預かっている以上、ガイドは引き返す判断をしっかりしないといけない」とし、あらためて責任の重さを感じていた。


 ツアー客4人死亡の白馬岳遭難事故 福岡県大牟田市の田上和弘・山岳ガイドが福岡市内の登山用品専門店を通じてツアーを募集し、ツアー客5人とサブガイドの女性計6人が参加。県警によると、登山ツアーは5泊6日の日程で計画。遭難した10月7日は、午前5時過ぎに白馬岳山頂近くの白馬山荘を目指して祖母谷温泉を出発。低気圧の接近に伴って当時の天気は小雨だった。白馬山荘に向かう清水(しょうず)尾根途中にある避難小屋に立ち寄った同10時ごろも天気は雨だったという。その後、雨はあられ、さらに雪へと変わり、白馬山荘手前では吹雪の状態だった。ここでツアー客4人が動けなくなり、凍死した。