冬山でいまA 氷瀑登り

登山家も用具も最先端

信濃毎日新聞 掲載

平成19年02月06日(火)


 八ケ岳・横岳ふもとの山小屋「赤岳鉱泉」。その脇に、青みがかった氷の柱がそそり立つ。高さ約十二bの人工氷瀑(ひょうばく)。
山岳ガイドが協力して足場を組み、放水して凍らせた。通称「アイスキャンデー」。古代の宮殿の柱か、怪物の牙のようでもある。

 一月中旬、十人余の愛好家がここに集った。両手に、草刈りがまのような登撃(とうはん)用具「アイスバイル」を握っている。
 愛好家たちは氷の溝に探りを入れ、振り上げたバイルを右、左と順に突き立てた。アイゼン付き登山靴で足掛かりを見つけては、さらに上の足掛かりに足を移し、またバイルを突き立てる。この動作を繰り返すうち、てっぺんに着いた。

 「わたしみたいなおばさんでも登れる。道具のお陰ですね」。氷瀑登り歴五年の主婦高橋方子(のりこ)さん(64)=東京都板橋区=がほほ笑んだ。

 「氷瀑登りはとにかく大変で時間もかかった。根気強くステップ(足場)を刻んで登ったものですよ」。
諏訪市で登山用品店を営む島田良さん(70)は語る。
 一九六九(昭和四十四)年、島田さんは県山岳協会を主体とする登山隊の隊長として米アラスカ州の未踏峰群に挑んだ。その前、ジョウゴ沢をはじめ八ケ岳の氷瀑で幾度も訓練した。当時の登山家は氷濠にハーケンを打ち、あぶみ(携帯縄ばしご)を掛けて登った。だが七〇年代、ピッケルとアイスバイルを交互に突き立てて登る手法が欧州から伝来。刃の部分を改良して抜けにくくしたピッケルも登場した。

 国内の登山家のほとんどが欧州製アイスバイルを使っていた八○年代、革新的な改良を思い付いた人が、いた。登山用品メーカー経営、溝渕三郎さん(58)=埼王県草加市=だ。
「欧州製は重くて柄の部分が太過ぎる。日本人向けが欲しい」。東京・目黒区の町工場で機械を借り、試作を重ねた末の八五年春、一本のバイルが完成した。
刃や柄を極力薄くし、一般的な欧州製より百c余り軽い五百八十cに減量。まっすぐなタイプしかなかった柄を初めて反り返る形に曲げ、刃を氷に食い込みやすくした。

 その冬、溝渕さんは完成したバイルを持って八ケ岳へ。大同心大滝や南沢大滝の氷瀑で二度、三度と試した。山仲間の評判も上々。
「これならいける」。製品化に踏み切った。「世界初」(溝渕さん)の改良に国内外のメーカーが注目した。
 溝渕さんのバイルは、最初は年間で二、三十本、その後百本ほど売れた。追随したメーカーの製品に押され十年余り前にこのバイルの製造はやめたが、世界では今も柄を曲げた形が主流だ。

 溝渕さんはバイルの特許取得を検討したが、結果的に見送った。だが「世界初」の自負と八ケ岳への愛着は変わらない。「試作品を携えては訪れた、わたしの作業場の延長みたいな場所。お世話になりました」

 安全に、楽しく技術を磨いてほしい-赤岳鉱泉の経営者柳沢太平さん(47)=諏訪郡富士見町=が人工氷瀑を設けて四季目になる。
三月はじめの二日間、柳沢さんはそんな願いを込めた氷瀑登り競技会を開く。三回目の今年は、昨年の二十人を上回る愛好家が参加しそうだという。
 「八ケ岳は、登山家も用具も最先端が集まる場所なんですよ」。人工氷瀑を一月に訪れた東京の山岳ガイドが語っていた。氷の壁を舞台にした腕と用具の競い合いが今から楽しみだ。文・古志野拓史 ・ 写真・渡会浩

写真:横岳西壁を背にそそり立つ赤岳鉱泉の人工氷瀑(地図参照)。登る場所を選べば、初心者から上級者まで楽しめる=昨年12月30日


 アイスキャンデー

氷瀑登りの用具アイスバイル、アイゼンをはじめ、登山者の体とザイルをつなぐハーネス(安全ベルト)、氷に打ち込むハーケンなどがある。国内の販売シエアはいずれも本場の欧州製が圧倒的に多く、国内産は1割程度だ。大手登山用品店(本社・東京)によると、このうち国内でも一定の生産量があるのはアイスバイルとアイゼン。主なメーカーは2社あり、溝渕三郎さんが経営する会社ガバイルを年間約60本、愛知県春日井市にある会社はバイルを200-300本、アイゼンを約2000組製造、販売している。

写真:赤岳鉱泉は登攀用具を有料で貸し出している。柄の曲がったアイスパイルが並ぶ