大町山岳博物館 元館長の平林さん

研究にささげた生涯

妻・元同僚ら遺稿まとめ出版

信濃毎日新聞 掲載

平成18年11月29日(水)


 大町市立大町山岳博物館の館長を1990年まで17年間務め、一昨年73歳で亡くなった平林国男さんの遺稿集「ナーゲルとキスリングと」を、妻の明子さん(72)=大町市十日町=がほおずき書籍(長野市)と共同出版した。コマクサの生態やライチョウの生活誌をはじめとした高山の動植物に関する研究論文、エッセーなどは、平林さんが1951(昭和26)年の開館からかかわり続けた山岳博物館の歴史と重なる。

 同博物館の同僚だった神奈川県立博物館元学芸部長の高橋秀男さん(71)=大町市出身=と、平林さんが天然記念物調査などでかかわった大町市文化財センターの学芸員清水隆寿さん(41)が中心になってまとめた。

 平林さんは大町南高校(現大町高校)を卒業した五〇年、当時の大町の町立公民館に勤務、日本初の山岳博物館の設立準備を担当した。開館後は同館で働いたが、資質を高める機会を求めて五二年に退職、信大教育学部に入った。合併で市立となった博物館に五七年、学芸員として復帰。七三年に四十一歳で館長となり、五十八歳まで務めた。

 明子さんは、平林さんの調査研究への没頭ぷりを「午後十時に博物館から帰宅して、夕食を食べて、その後も自分の部屋にこもって仕事をしていた。夜遅くていつ寝たかも分からないほど」と振り返る。普段は無口なのに、植物など詳しい話題になると、なかなか止まらなかったという。

 遺稿集に収めた高橋さんとの共同執筆「爺ケ岳ライチョウ調査行」(一九六三年)では、山岳博物館がライチョウ調査に夢を託す理由として「山博創設の理念である、『自然を科学しつつ、深く楽しむ風潮を助成し、またその自然を守り育てていく保護思想を高める』といった目標のもとに、その足がかりの一つとして調査が取り上げられているから」と記した。同館はその後、野外調査とともに約四十年間ライチョウの低地飼育の取り組みを続けた。

 本の題名は、平林さんの登山靴とリュックサックに対する呼び方から取った。清水さんは平林さんを「ものすごい勢いで野外に出て調査し、それを館の展示に反映させ、充実させていった。博物館の中身をつくっていった人」と言い表している。

 「ナーゲルとキスリングと」はB5判三百四十四n。二千五百円。中信地方を中心に書店で販売している。

写真:平林国男さん(53歳のころ)と平林さんの遺稿纂を手にする妻の明子さん

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