針ノ木雪渓雪崩3人死亡

信濃毎日新聞 掲載

平成18年5月2日(火)


 一日午前十一時半ごろ、北アルプス針ノ木岳(二、八二一b)の針ノ木雪渓で雪崩が発生し、登山者が巻き込まれた。直後に現場を通った山スキーヤーが、ふもとに下りて午後零時半ごろ110番通報した。県警山岳遭難救助隊員らがヘリコプターで出動、埼玉県山岳連盟所属の山岳会「無名山塾」の男女二人を救助した。ほかに同会メンバーの女性二人と、単独で入山したとみられる男性一人が雪中から見つかり、ヘリでふもとへ運んだが大町署で死亡が確認された。

 死亡したのは埼玉県日高市、無職伊藤栄子さん(53)、東京都江東区、会社員福田洋子さん(46)。男性は所持品から都内の三十代公務員とみて確認を急いでいる。死因は三人とも窒息死。

 救助されたのは伊藤さんの夫で会社員の幸雄さん(53)と、神奈川県横須賀市、獣医師久野真由美さん(46)。それぞれ大町市内と北安曇郡内の病院に運ばれ、いずれも軽傷という。大町署は目撃者らの証言から、ほかに巻き込まれた人はいないとみている。

 同署の調べでは、一日の針ノ木岳周辺は小雨。気温が上がり、雪が緩んでいた。無名山塾の四人は日帰りで山スキーをする計画で入山。雪渓下部の大沢小屋の上方約五百b付近で、幅約四十b、長さ約300bの雪崩に遭ったとみられる。伊藤幸雄さんが自力で雪からはい出し、下ってきた山スキーヤーに救助を求めた。

写真:北アルプス針ノ木岳の雪崩現場で捜索に当たる県讐のヘリコプター=1日午後3時30分、大町市


 1日、五人が巻き込まれ、三人が死亡する雪崩が起きた北アルプス針ノ木岳の針ノ木雪渓は、北アの白馬、涸沢と並ぴ「日本3大雪渓」として知られる。山スキールートとしても人気だが、今年は残雪が例年より多いうえに、この日は大町市で七月上旬並みの23.3度まで気温が上がるなど、雪崩が起きやすい条件がそろっていた。

 巻き込まれた伊藤幸雄さん(53)ら四人は、「安全で楽しい登山」を掲げる登山家岩崎元郎さん(61)=東京=が主宰する登山学校「無名山塾」の卒業生。計画書によると、一日午前七時に登山口の扇沢に集合、雪渓を上り、山スキーで滑降する日帰りの日程だった。

 同じ卒業生で下山連絡先だった金沢和則さん=(52)=東京によると、四人は数年前から、雪がある時期はほぼ週末ごとに山スキーに出掛けていた。今回も「塾」の技術委員会に三月中に計画を打診し、四月十日に計画書を提出。委員会も四人の経験から「問題ない」としていた。

 ただ、二十九、三十日に北ア唐松岳に登った岩崎さんは「今年は雪が多いので、雪崩にはくれぐれも注意するよう繰り返し言っていた」と話す。

 長野地方気象台などによると、一日午前は北海道付近の低気圧に向かって南から暖気が流入した。同日午前九時の天気図では、雪渓下部とほぼ同高度の上空一、五〇〇bの気温は一〇度と平年より高めで、風速は約二〇b。同気象台は「暖気が融雪を進めた可能性がある」とみる。

 救助に当たった大町署員の小倉昌明警部補(45)は「気温上昇と残雪を考えれば、当然警戒すべきだ。注意深い人なら行かなかったかも」。上空から周囲を見た県警航空隊の操縦士、高山徳恵警部(48)は「沢という沢に雪崩の跡がある」と話した。

 県警によると、現場の積雪は七、八b。今年は違う状態の雪の層が重なっており、雪崩が起きやすいという。今年に入って四月末までに県内で起きた山岳遭難は二十六件。昨年は一年間で一件しかなかった雪崩事故が六件発生し、四人が死亡、一人が行方不明、八人がけがをしている。


 雪・岩に空間女性救出

 「土石流の岩が氷にかわったよう」。一日、北アルプス針ノ木雪渓に救助隊員を運んだ県警ヘリコプターの操縦士は雪崩の様子をこう表現した。

 救助隊員らによると、この時期の雪は融解と凍結が繰り返され、雨も染み込んで硬く締まった状態。現場は直径一、二bもの硬い雪のプロックが転がり、1b掘り進むのに二、三十分かかった」。雪崩に巻き込まれた五人は直径十bほどの範囲で見つかったという。

 無名山塾の登山学校で四人を致えたこともある主任講師の工藤寿人さん(57)=東京都台東区=によると、救出された久野真由美さん(46)は「伊藤幸雄さんを先頭に四人一列で雪渓を登っていた。幸雄さんが『雪崩だ』と大声を出し、みんなで避けようとしたが、避けきれなかった」と話していたという。

 久野さんは発生から四時間以上たった午後四時すぎに最後に見つかった。雪渓から外側に向かって押し出された雪と岩の間に挟まれ、わずかにでぎた空間で息をすることができ、奇跡的に助かった。山岳救助に約二十年携わっている県警航空隊の柄沢良一警部補(45)も「こんなことは初めて」と驚いていた。

 救助隊によると、久野さんはビーコン(発信機)の反応があり、近づくと雪の下から声が聞こえた。「助けて」と繰り返すだけだったが、掘り出しながら「大丈夫か」と声を掛けると、「大丈夫です」と答えたという。