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大日岳遭難死訴訟が結審 | |||||||
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遺族側は、引率講師が注意義務を尽くさなかっためにルート選定を誤り、学生を危険な雪庇の上で休ませたなどと主張。国側は、雪庇がこれまでに報告がないほど巨大で、事故は当時の登山界の常識を超えた自然現象が要因と指摘。講師陣は、当時一般的だった危険回避の手法で安全を確保し、尽くすべき注意義務は果たしたなどとしている。
訴状によると、事故は二〇〇〇年三月五日、大日岳頂上付近で学生ら二十七人が休憩していた雪庇が崩落。十一人が巻き込まれ、東京都立大二年内藤三恭司さん=当時(22)、横浜市=と神戸大二年溝上国秀さん=当時(20)、兵庫県尼崎市=が死亡した。
「息子に勝訴を」−。提訴から三年十カ月を経て、十一日に結審した大日岳遭難訴訟。若い命を奪われた内藤三恭司さんと溝上国秀さんの両親は口頭弁論の後、富山市の富山県弁護士会館で支援者らに心境を語った。
内藤さんの母万佐代さん(58)は目を赤くしながらも「提訴から何千という人に会い、支援いただいた。いい形で結審でき、事をやり終えた気持ち」と安どの表情。父悟さん(56)は涙をこらえながら「温かい皆さんがいたからここまで来られた。ここまで来たら勝訴で終わりたい」と話した。
遺族は二〇〇二年十月から各地で署名運動を展開。支援者を通じて北は北海道、南は宮崎まで全国から約十七万二千人分を集め、この日「公正な判決」への期待を込めて富山地裁に提出した。溝上さんの父不二男さん(60)は「まだまだ署名は集めます」とさらなる協力を訴えた。
事故は富山で起きたが、遺族の地元は兵庫と神奈川で、弁護団は長野。この日の口頭弁論にも各地から支援者が傍聴に駆けつけた。支援の輪が広がったことに、遺族は感謝の面持ち。溝上さんの母洋子さん(51)は「裁判に勝っても息子は帰ってこないけど、皆さんとのつながり、温かい心に触れられた。『勝訴』を息子に報告したい」とおえつを漏らした。