信州の山に根付く「もったいない」精神

美しい環境を後世に

自然の利用進む槍ケ岳

毎日新聞 掲載

平成17年11月10日(木)


 険しい山岳地帯で限られた資源を有効に使い、環境に負荷を与えず、信州の美しい自然を後世に残していこう。毎日新聞が推進する「もったいない」精神に基づくさまざまな取り組みが山の上でも着実に広がっている。軽油を消費するディーゼル発電に替え、山に吹く風や降り注ぐ陽光を山小屋の発電資源に使う。谷から崩れ落ちる岩石は登山道の補修に活用する。
多くの登山者がもたらす、ゴミやし尿は自然に優しい方法で処理する……。こんな試みが今、日本の屋根・北アルプスなど名山岳で展開されている。北アの象徴・槍ケ岳(3180b)に登り、その様子をルポした。【武田博仁】


自然の利用進む槍ケ岳

 「この屋根に張ってあるのがソーラー発電のパネルです。向こうの岩場に立っているのが、風力発電に使う風車です」。標高3000b、槍ケ岳の肩に建つ槍岳山荘で、同山荘主任の山口信吉さん(41)が指し示した。

 山小屋の多くは小屋で使う電力をディーゼルによる自家発電で賄っている。650人収容の大規模な同山荘でもそれが欠かせない。しかし、軽油を燃やせぱ二酸化炭素を大気に排出し、地球温暖化に影響を与えてしまう。

 そこで、屋根に注ぐ太陽光とりょう線に吹く風を補助的な電力源として利用することにし、太陽光発電を14年前に、風力発電を5年前に始めた。
現在ばソーラーパネルを屋根に2カ所、壁に1カ所、風力発電の風車を2基設置している。

 山口さんは「太陽光と風力で得た電力は、パッテリーに蓄えたうえで山荘の常夜灯や非常灯、消防防災設備、通信設備、コンセントの電源などに便っている」と話す。

 ただし太陽光は天候が悪けれぱ使えないし、風力も吹く風には強弱がある。目然エネルギーで安定した電力を得るのは、立地条件の厳しい山岳地帯では難しい課題だ。太陽光と風力による発電は山荘全体の発電量の1割程度。それでも、改良を進め、増やす方向で検討している。

 槍ケ岳への途中にある槍沢ロッヂでは夏場に、沢の水を利用したミニ水力発電装置を設置し、250hほどの電気を得て常夜灯や蛍光灯をともすのに使っている。これも「豊富な沢の水を使わないのはもったいない」との発想から生まれた。常夜灯の電球は今年から、消費電力が少なく寿命が長いLED(発光ダイオード)を使い、省エネパギーも心がけている。


山荘の発電や登山道補修

 槍ケ岳に登る槍沢の登山山で発生するゴミを自然に模索続く処理方法山道「大曲がり」と呼ばれる槍沢の屈曲部を過ぎて間もなく、石畳の道が現れた。石の形は不ぞろいだが、表面はほぼ平らにそろえてあるため、それまでの砂利交じりの道に比べ歩きやすい。

 「山小屋スタッフや夏場に小屋に働きに来るネパールのシェルパたちが、谷から崩れてきた石を利用して整備したんです」。同行していた槍岳山荘などの経営者、穂苅康治さん(56)が話した。
崩れた石を活用した試みで、登山道を寸断させる邪魔者を、逆に役立たせた事例といえる。

 登山道の維持・補修は手間のかかる作業だ。道は風雨や雪でしばしば崩れ、沢にかけた橋は流されたりする。補修費用は国や県、市町村、山小屋が負担するが、作業は山小屋従業員があたることも多い。北アの山小屋では今年から、補修資材などにあてるため登山者から「協力金」を募る試みを始め、募金箱を置き協力を呼びかけている。

写真:槍沢の登山道に整備された石畳の道。右側の谷筋から崩れてきた石を利用した。


山で発生するゴミを自然に模索続く処理方法

 中高年を中心とした登山ブームが続く近年、山岳の自然環境保全のうえで大きな課題となっているのが、ゴミとし尿の処理問題だ。登山者の間では今では「山に持ち込んだゴミは持ち帰る」という意激が徹底しているが、山小屋で発生するゴミはどうするのか。多くの場台、調理や食事で出る生ゴミは焼却してしまい、再利用できる缶類などを下界に下ろしている。

 間題は生ゴミだ。槍沢ロッヂでは01年に実験的に生ゴミ処理装置を設置した。地中に穴を掘り、生ゴミを入れ土壌細菌や微生物の働きで自然に還す仕粗みだ。電気を使わない方式で、現在は経過を見ている。生ゴミ処理は業務用の機械もあるが「価格が高く電力を食うのがネック」という。

 他に北アや八ケ岳では、食事の際に欲しいものを食ぺられる分だけ取るアラカルト方式にし、残飯を減らす試みをする山小屋もある。

 沢に流したり穴に埋めて環境への彫響が懸念されてきたし尿処理も、関係者の意識改革が進み、従来の方法を改めようと国や県も取り組みに本腰を入れるようになった。

 山小屋などで新たに導入した。り検討されている処理方式は、嫌気性細菌による分解・土壌処理、微生物製剤使用、合併処理槽、高熱焼却炉、ヘリによる搬出などさまざまだ。山小屋は立地条件や経営規模に違いがあり、「これが一番」という決定版はなかなかない。

 し尿処理にも積極的に取り組んできた槍岳山荘の穂苅さんは「それぞれの場所に適した方法を考えていくしかない」と語る。ゴミの処理も、し尿の

処理も、環境に配慮した、より良い方法を求めて関係者の模索が続く。

写真:槍沢ロッヂに実験的に設置された生ごみ処理装置の投入口をのぞき、様子を見る経営者の穂苅さん